北近畿学びの会
佐藤学先生が提唱されている「学びの共同体」の考えを参考に、参加者同士の意見交流を通して参加者が主体的に質のよい教育実践を追究する、北近畿を拠点とした学習会です。
北近畿学びの会 第12回例会 報告
北近畿学びの会 第12回例会 報告

 今回は報告が大変遅くなってしまいました。
 中学校1年社会科で歴史 奈良時代 農民のくらしの学習でした。丹波国何鹿郡高津里の木簡の本物?を示して、これは何かを考えるところから始まりました。これは平城京、長屋王の屋敷跡から発見された木簡で、奈良時代、綾部から税として鮎の干物を都に運んだ荷札として使われたものでした。木簡に書かれている一斗五升の容量の干し鮎相当のリュックサックが用意され、それを2名の生徒が担いで見て、体験的にどれだけ重いものを都へ運んで行ったのか理解しました。その後、それでは実際にどのようにしてどこを通って都まで行ったのかを考えました。
 荷物は丹波の国の国衙(亀岡市)を経由して都まで運ばれたましたが、由良川を利用して船で福知山へ下った後、支流を兵庫県丹波市へさかのぼり、篠山市から陸路比較的緩やかな陸路を南丹市(園部町)へ出て国衙を経て桂川を下りから木津川を上って都へ運ばれたのではないかと押さえました。
 その後、では1年のうち、いつ頃運ばれたのだろうかということをグループで考えました。グループによって夏、秋、冬など意見が分かれました。グループを全体に戻して、自分がそのように考えた理由を交流しあいました。授業のまとめとして授業者が結論を示すことはありませんでした。しかし、かえってそのことによって生徒の中には今後も疑問として考え続けることができるように思われます。生徒が、資料に基づき、そこから自分の経験と重ね合わせて考え、交流し合い仲間の考えからさらに自分お考えを発展させたり、修正したりするということを積み重ねることが大切に思われます。自分たちの住んでいる地域の奈良時代に様子を考えることで、どの生徒も授業内容を身近に感実ことができ、最後まで学級として一体感のある授業になっていました。授業者のこの授業に対する丁寧な準備の成果となって現れていました。
 奈良時代の農民の都への税の運搬については、船などの使用は禁止されており担いで運ばなければならなかったという説もあるようです。また、奈良時代に農民のくらしを扱うとき、その税負担の重さとそのことによる生活の苦しさに焦点をおかれる場合が多いですが、実際の農民の生活がどのようなものであったかについても説がわかれるようです。
 生徒とともに教師も考え続ける姿勢を忘れないようにしていきたいです。
 授業ビデオを提供していただいた先生、また参加してた抱いた先生方ありがとうございました。
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